埼玉大学学報 第414号、平成10年8・9月

 

協定大学等紹介(8)

 

ポーランド日本情報工科大学

Polish-Japanese Institute of Computer Techniques

工学部助教授(機能材料工学科) 井門俊治

  1. はじめに
  2. ここで紹介する「ポーランド日本情報工科大学」(以下「ポ日大」と略す)はその名が示す通り日本国政府の補助金に基づいてポーランドの首都ワルシャワに設立された情報工学専修の単科大学である。

    ポーランドは、コペルニクス、マリー・キュリー(旧姓スクウォドスカ)及び、音楽家のショパンの出身の国として有名だが、旧東欧圏ということで実際に現地を知る日本人は以前は決して多くはなかった。

    場所は、ヨーロッパ地図に示す通り、ドイツの東隣、ベルラーシ、ウクライナの西に位置する。首都はワルシャワ(人口200万人)、大陸性気候のため、冬は−25℃になるなど北の国のイメージがあるが、ワルシャワの緯度(53度)は、ベルリン、ロンドンと同程度である。ベルリンまでは500kmの距離。地図の表記法のせいでヨーロッパ諸国は広く見えるが、ポーランドの国の面積は36万平方キロメートル、日本よりもやや狭いくらいである。国土は、ほぼ平坦で農業の盛んな国である。人口は約4000万人。数100万人の国が並ぶヨーロッパの中では、大国といえる。さらに、欧米の他国への移民も多く、アメリカには、本国の半分の2000万人が在住している。

     

  3. ポーランドにおける大学改革

1989年の民主化以降は、西側の市場経済、高度技術を取り入れ、国創りに意欲的な試みが進められている。特に新技術、新制度を設立、実現していくための若い人材を育成するために、教育改革が熱心に進められた。

民主化前までは、40数校程度の国立の総合大学、工科大学(ポリテクニーク)が主という戦前からの体制のままであった。修業年限は5年、卒業者の資格は修士(大学院修了)である。また、この当時の大学生は進学率が2%程度であり、かつ授業料は無償ということからもわかるように、日本の戦前の旧帝大生のような社会の中のエリートという立場であったといえる。

大学改革は、高等教育の機会の拡大、実学(工学、経営学)の普及という観点から

      1. 新設大学の認可(民主化後100校以上)
      2. 学部と大学院の分離(学部教育は3年、一部では4年)
      3. 授業料の有償化

という形で行われた。但し、旧来の大学の内部での改革はまだほとんど進んでいない。

 

3.ポ日大の設立

ポ日大は、52番目の認可を受けた新設大学であり、1994年10月に設立された。今年(1998年)10月で、学部では5期生を迎え入れる。またこの10月からは、2年制の大学院が新設されることになっており、旧来の5年制(大学院までの一貫教育)の大学と比肩しうるところまできた。

設立の経緯としては、1992年当時、市場経済の採用後の混乱がまだ残っており、インフレも年数100%からようやく年約30%におさまってきた頃、情報工科大学の設立が関係有志で検討された。その頃より、設立関係者の中では、日本の科学技術、日本との研究協力、技術交流、また日本の大学の教官との親交が注目されていた。設立基金としては1989年の日本からの食料援助・見返り資金(注)の活用が検討された。日本の関係者(在ポーランド日本大使館員、国立大学教官、など)の支援を受ける形で、1〜2年のポーランド政府部内の検討の後、1994年10月に、設立認可(大学としての認可は11月)が与えられ、発足した(学長:J.P.ノバツキ氏)。

昨年の9月に昼間部の第一期生が卒業し、また今年の9月には、昼間部の2期生、夜間部の1期生が卒業の見込みである。

 

4. ポ日大での教育(学部、修士)

学部においては、

昼間部 3年制

夜間部 4年制

であり、各々入学者数は150名程度である。当初120名で定員としていたが、学年進行に従い、かつ、スーパーコン、ワークステーション、パソコン及びロボット、マルチメディア機器など、機材が日本国政府より供与されるにしたがって、人気が高まり、現在は150名の入学者を昼間部、夜間部とも受け入れている。

昼間部を例にとると、1年間は

前期:入学年の10月〜翌年2月(冬学期)

後期:翌年2月〜翌年6月(夏学期)

(翌年7月〜9月は夏休み)

の2学期制であり、3年間には6学期の講義、演習、実習を行う。

授業内容は主にソフトウェアを中心とした情報工学(及び応用)の専修を特徴としている。3年間(6学期)の授業のうち、前半の1年半(3学期)が基礎課程で、数学、情報基礎、エレクトロニクス、社会科学(法律、経済)、語学(英語は必修、日本語コースも選択として用意されている)などを学ぶ。後半の1年半(3学期)では、情報科学、情報工学の専門的な知識を修得する。主たるコースは、

    1. システム設計工学
    2. 情報通信工学
    3. 知的制御工学

の3つがある。

専門課程では、講義、演習、実習の他に「プロジェクト」(長期課題演習)と呼ばれる3ヶ月〜1年間の特別演習がある。日本における卒業研究と同じ役割であるが、コースによっては、一年間に数ヶ月の「プロジェクト」を数回(担当教員も別)受ける場合もある。

当初、「プロジェクト」としては、

    1. データベース
    2. ネットワーク

などの大科目(各々10程度の指導教員ごとのグループに分れる)が人気であったが、日本国政府の供与機材が日本の高度技術を代表するものとして、

    1. ロボット
    2. スーパーコンピュータ
    3. マルチメディア

という分野に重点をおいたことから、これらの分野での「プロジェクト」においても、若手教員が育ち始め、学生の人気が高まっている。

大学院(修士課程2年制)は、今年の10月から新設される。上記の各分野における研究課程をさらに発展させる研究グループの育成が目指されている。学部卒業生の大学院への進学率は、初年度の今年は3〜4割程度と見込まれている。

 

  1. JICAによる支援

日本国政府からの食糧援助・見返り資金に基づいて設立されたが、実習などに必要とされるコンピュータなどの機材については、基金が十分でなく、国際協力事業団(JICA)によるプロジェクト方式技術協力がポーランド政府より日本国政府に対して要請された。要請は、大学設立の立案当初の1992年になされた。各種の重要案件の中での検討の後、ポーランド向けのプロジェクトとして唯一のものとして「ポ日大支援プロジェクト」が内定された(1994年度)。担当は文部省及び国立大学とされ、1995年度に3回の調査団の派遣(4月、10月、1996年3月)を経て、1996年3月より5ヶ年間のプロジェクトが実施されることになった。

支援プロジェクトの内容は、

      1. 専門家派遣
      2. 機材供与
      3. 研修員受入

の3項目である。このプロジェクトの主体は埼玉大学初め国立大学(茨城大学、他)とされており、3年次の今年度までの専門家派遣では、長期(1年以上)、短期(数ヶ月)において、

96年度 埼玉大(5)、茨城大(1)、他(2)

97年度 埼玉大(7)、茨城大(4)、他(2)

98年度 埼玉大(8)、茨城大(3)、千葉大(1)、他(2)

という割合で、派遣されている。今後他の国立大学にも広がる予定である。

機材としては、高度な技術教育の実習の基礎となるものとして、

パソコン(5ヶ年で184台)

ワークステーション(HP,SPARCなど)

グラフィックワークステーション(ONYX,O2、Indigo2)

及び高度の情報応用技術を学ぶための

スーパーコンピュータ(パラレルコンピュータ)

ロボット(定置型、移動型)

が5年間に供与される。

研修員としては、ポ日大の教員に対して日本の各研究所、大学の視察と、実際に研究室に入って研究に従事するこの2種類が行われている。今年度までの、受け入れは(予定も含めて)、

96年度 2名

97年度 3名

98年度 4名

である。全員、埼玉大学において受け入れている。滞在は、国際交流会館であるが、居住環境は快適との評判である。研究、視察において有意義な滞在とすることは勿論のことであるが、日本国内の観光(富士山登山、花火見物、秋葉原見学など)や、和食材を使っての自炊など、積極的な異国文化の吸収なども楽しんでいるようである。

これはポーランドには、親日家が多いことにも起因していると思われる。今年の第一陣である若手教員(27才)は、研究、視察において、英語により十分意思疎通が可能である一方、早速ボランティアによる日本語修得にも努めている。また空手を10年程やっていたということもあり、日本文化にも関心が高く、豆腐料理や、ラーメン、そば、うどんなども堪能しているようである。

このプロジェクトでは、埼玉大学が幹事校となって、ポ日大支援を行うことから、ポーランド国の教育省次官(副大臣)と高等教育局局長が来日し、埼玉大学を訪問した(1996年3月)。その際にも、当時の在日ポーランド大使リプシツ氏が同席した。リプシツ氏はワルシャワ大学日本語学科卒であり、流暢な日本語でポーランドの紹介をした。

また、1997年10月には、ポ日大の副学長ドベイコ氏も来日し、埼玉大学を初め、会津大学、JICAの沖縄研修所(コンピュータ技術)等の見学を行った。11月5日には、堀川学長(当時)への表敬訪問を行った(本学報第406号、平成9年12月参照)。

このプロジェクトを通じて、既に20名ほどの埼玉大学の教職員がポーランド滞在(しかも数回以上)を経験しており、ポーランドからの研修員を驚かせている。また一度ポーランドへ行った教官は「また行きましょう」と意欲的である。

国際交流の根底となる相互理解、相互信頼のためには、このように多数の人材の交流が行われていることは、絶好のプラスの条件となっていると考えている。

 

  1. 今後

ポーランドは従来より、純粋数学や論理数学などにおいて秀でたものがあり、情報科学においても、意欲的で内容の高い教育が始められようとしている。これらの基礎の上に、日本の高度技術、情報応用技術における成果と経験を導入して、新しい教育課程が始められようとしている。

既に学部レベルでの課程はほぼ完成され、今後は大学院レベルでの研究も含めた高度な教育課程に期待が集まっている。日本の文部省、国立大学、JICAを中心とした国際協力の意義は益々高まっている。

 

7.ホームページからの情報

インターネットを用いて以下のホームページから関連情報を得ることができる。

http:// www.pjwstk.waw.pl

また、井門研究室のホームページから関連情報を得ることができる。

http:// poti.fms.saitama-u.ac.jp/IDOLAB/poland.htm

 

(注)「食糧援助・見返り資金」

1989年に日本国政府からポーランド政府に対して、食料が供与された。ポーランド政府はこの食料物資を市場経済下において販売した。この時得られた資金のこと。用途は両国政府の協議のもとに決められる。